(真)日本の黒い霧

123便事件は世界の闇を照らす

サクラエビ不漁と駿河湾事情

(新)ブログの沼津シリーズで舞台となるのは駿河湾駿河湾の漁業でたいへんなことが起きているようです。

サクラエビ漁 今季は断念 調査の結果 全面休漁へ
12/13(木) 19:21配信

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 苦渋の決断です。12月13日まで見送られてきたサクラエビの漁ですが、県桜えび漁業組合は、今季、完全に漁を取り止めることを決定しました。

 県桜えび漁業組合・望月武組合長「消費者の皆さんもエビを楽しみにいてくれたのはありがたいが、提供できなかったのが一番自分たちはすまないなという気持ちでいます」

 県桜えび漁業組合は、12月13日午後、4週間近く休んでいる今季のサクラエビ漁について会合を開きました。下されたのは”中止”という異例の決断でした。

 県桜えび漁業組合・實石正則副組合長「たいへんご迷惑をかけて申し訳ない、ただこれをやらないと資源の回復ができない、すまない気持ちを持ちながら自主規制の中でやらせてもらった」

 サクラエビは2018年、春漁が記録的な不漁で、組合は、これまで秋漁を遅らせてサクラエビの数や生育状況などを調査してきました。しかし、12月10日に行った4回目の調査でも採取した1200匹のサンプルのうち、6割から7割が漁に適さない子どものエビでした。完全に休漁することは漁業関係者としては苦渋の決断です。

 實石正則副組合長「秋のとらなかったエビをどう生かすかは春漁にかかっている。慎重に春漁に取り組んでいかなければ。いい加減なことをやると我慢したことがゼロになってしまう」

 サクラエビの不漁について、専門家は次のように分析します。

 東海大学海洋学部・鈴木伸洋教授「春漁で産卵しているエビを多く取ってしまう現象が、最近の春漁の状況。それがために生まれてくる子供の数が少なくなっている」

 資源回復のためには、2019年も一定の規制が必要だと強調します。

 鈴木伸洋教授「産卵するエビが出現した場合、春漁の漁期であっても漁を辞めるのが基本。産卵するエビを獲る量を減らす努力をしないと今後資源が回復する見込みが立たないだろう」

 組合は、今後も月に1、2回程度調査を実施し、2018年の春漁についての方針を検討するとしています。


引用元:静岡放送(SBS) https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181213-00010001-sbsv-l22

静岡市の公式ホームページ(https://www.shizuokacity-cp.jp/about/)によると、
 「桜えび漁の始まりは、1894年と古く、120年以上の歴史があります。
とありますが、1000年以上も昔から魚を食べてきた日本の歴史から比較すれば、サクラエビ漁は近年になって急に始まったと見るべきでしょう。

ここで疑問が湧きます。それまで、サクラエビは獲れなかったのでしょうか?

一番に考えられるのは、1890年代に駿河湾内で大きな環境変化が起き、それによって、サクラエビの生存環境が整った。おそらくそれは海水温の変化であっただろうことです。

注目すべきは、サクラエビは日本では駿河湾でしか獲れないことから、その環境変化とは世界的な気候変動とは関係なく、局所的に駿河湾内部でのみ発生したと思われることです。

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  静岡市公式ページより


私は、この原因を、当時より駿河湾沿岸の地下に建造されたアレが稼動を始めたからと考えます。1890年代と言えば明治の中盤、ちょうど日清戦争があった頃です。そんな時代にアレを作る技術があるものかとお考えになる方が一般的と思われますが、それについては(新)ブログ「認めたくない、日本の憂うべき現状(8) - 中西部地下原発マップ」でお知らせしているように、科学史上の不可解な発展経緯から、アレを構築する技術は1900年頃にはあったはずだと指摘させていただいております。

今年の夏から秋にかけては災害続き、西日本では河川の氾濫により土地が冠水し、中京地区では激しい台風で、静岡大停電が発生しました。当然、地下の状況もその影響を受けるはずです。つまり、秋季のサクラエビ不漁の最大の原因は

 アレの稼動状況が低下したための温排水不足

であろうと推察されるのです。日本のほぼ全ての沿岸が放射性物質に汚染されている昨今、この状況、むしろ歓迎すべきであると受け取るのは不謹慎でしょうか?

補足
 陰陽道の立場から見ると、日本の漁業のほとんどが、神社仏閣よろしく海神封じを行っています。これにより、自然の摂理による安定した漁獲バランスが壊され、一攫千金を狙った一時の大漁と長い不漁期間を経験するようになってしまったと読めるのです。

 海神なんてものをわざわざ持ち出さなくても、欲を出して必要以上に資源を貪れば、その反動がくるのは当たり前です。日本の漁業関係者は、ご先祖様がそうしていたように、神や自然を敬い、節度を持ってその恵みを受け取る心を取り戻すべきです。

 サクラエビに関しては、そもそもこの海で獲れてはいけない魚種です。それを有難がったり、浜岡原発近くで獲れた成長異常のジャンボアサリをまるで特産物のように売る行為は、一時の利益に心を売った姿としか言い様がありません。

 ここ数年、人の大きな過ちを正す活動に勤しむ方々が増えてきました。今回のサクラエビ不漁のニュースは、もしかしたら、そんな人たちの思いや努力が実ったケースなのかもしれません。 

 

補足2 私鉄創業の謎

民間企業による発電事業と、電気鉄道の敷設は、明治期に始まります。首都圏にお住まいの方々にはお馴染みの、小田急電鉄の創業期については次の様に書かれています。

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 小田急電鉄株式会社と名乗る鉄道会社は、前後2回にわたって存在する。最初の小田急電鉄は、鬼怒川水力電気が小田原急行鉄道を合併し、社名を改めたものである。鬼怒川水力電気は、明治43(1910)年10月1日に設立された。

 栃木県の鬼怒川流域において水力発電を行ない、発生電力を東京地区に卸売するのが目的であった。

 鬼怒川水力電気が設立された明治末は、東京電灯駒橋発電所の完成を契機とする遠距離高圧送電方式が確立する時期である。

 続いて福島県猪苗代湖付近から、大量の電力が供給された。
 山中湖・猪苗代湖という安定した水源をもち、電力需要に合せて電力を供給しうるこれらの大発電所は、従来からの小規模非能率火力・水力発電所を圧倒した。

 鬼怒川水力電気も、こうした情勢の中で、大正2(1913)年以降、東京市電気局を主要な顧客として、水力電気の卸売市場に登場するのである。

 鬼怒川水力電気を主宰する利光鶴松が、高速電気鉄道の経営を指向するのは、それが企業としての有利性を備えると判断したことによっている。

引用元:中川浩一の小田急電鉄史 http://ktymtskz.my.coocan.jp/nakagawa/odakyu.htm 


この記述、何かおかしくありませんか?そうです、鬼怒川・山中湖・猪苗代湖

 いずれからも東京に送電なんてできません

また、他の資料には丹沢水系から小田急への電力供給云々との記述も見られますが、いずれにせよ、山間部の水力発電所から東京への大電力の送電は不可能です。こちらのブログで何度も主張していますが、大電力の長距離送電は不可能だからです(*)。特に電車というのは電力消費が多い乗り物ですから、長距離送電の実現性はますます薄いでしょう。
* 主張というより電気理論的帰結です。引用文中にある「遠距離高圧送電方式」はかえって磁気抵抗を増やし、送電効率を著しく落とします。現実には空中放電を引き起こしてしまうでしょう。高電圧なら電気を遠くに送れるとする説明は嘘なんです。詳しくは(新)ブログ認めたくない、日本の憂うべき現状(9) - 大電力送電の大嘘をご覧ください。

帝都に電気を送ると銘打った鬼怒川水力電気の真の目的が何であったのかも気になりますが、昭和2年、新宿と小田原を一気に結んだ当時の小田原急行電鉄は、どこからその電力を得たのでしょうか?この疑問は、大正期から昭和初期に電気鉄道を敷設した国内全ての民間企業に投げかけられる大きな疑問なのです。

これに対する合理的な答は一つしかありません。この頃すでに

 地下のアレから電力供給を受けていた

のです。つまり、当時すでにアレの構築技術は確立し、大規模な運用が始まっていたのです。そうすると、明治の中頃より順次アレの建設が始まっていたと考えるのに難はありません。駿河湾サクラエビが出現したのもその脈絡により説明可能です。

この事実は日本の近現代史を理解する上で、私たちに重大な解釈の変更を求めることになります。よって、国内私鉄の創業とアレとの関係については、改めて詳しく記事にしたいと思います。民鉄各社は100年続いたこれまでの大嘘を、利用者にどう説明するのかよく考えておいてください。

※このブログの読者さんは既にお馴染みでしょうが、「アレ」とは原子力発電装置のことです。

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