昨日、新潟空港で自衛隊が関係する事故があり、多くの空港利用者に不便が生じたようです。
(以下略)
引用元:YAHOOニュース(テレビ新潟) https://news.yahoo.co.jp/articles/5ec568485fd0c0d41aa95450cee3cd5da4979532
この報道の空中映像を見ると、確かに滑走路から左方向にカーブを描いて逸脱している跡が覗えます。そして、飛行場内を撮影していたアマチュアカメラマンの画像には、着陸した瞬間が捉えられています。

駐機中の航空自衛隊のU-125A (画像引用元:航空自衛隊新潟分屯地)

今回撮られた同機の着陸の瞬間
どう見てもギア(脚部)が出ていません、どうやら胴体着陸したようですね。
ギアが出ないなど着陸装置に異常があった場合、通常は着陸前に状況が分かるはずで、その上で空港側に連絡を入れ、滑走路の閉鎖・消防車両の配置など事前に非常体制を整えてもらうのが本来のプロセスのはずなのです。
そうなると、今回の自衛隊機は緊急時マニュアルに従わなかったとも取れるのですが、果たしてどうなのでしょうか?
* * *
新潟空港は、1973年、日本で初めて極東ロシア(ハバロフスク、ウラジオストック)との定期国際線を開設した空港です。後にその役割は成田へと移りましたが、最近では時よりチャーター便が飛ぶこともあるようです。
何が言いたいかと言えば、「新潟空港は旧ソ連邦・現ロシアと縁が深い空港で、そこに自衛隊機が胴体着陸をし、滑走路を逸脱した」という点が、一連の事実として挙げられるのです。
何だか無理矢理に話を繋げたようですが、実はこの事故の3日前、9月16日配信のメルマガでは、
旧ソ連軍と123便事件、自衛隊との関係
について、簡単な解説を添えています。
これは(新)ブログ記事「ОЧИ ЧЁРНЫЕ」(邦訳:黒き瞳 - ロシアの代表的民謡)でお約束した通り、今年の夏、国内で出された暗号報道文に対して回答したものとなっています。
今回の事故が果たしてその再回答なのかは分かりませんが、このメルマガ記事を読まれた現役自衛隊員・OBならば思うところがあったはずです。
これ以上は何を書いても推測以上にはならないので止めておきますが、123便事件の根っこの部分は、読者の皆さんが想像しているよりはるかに深いのです。
神代六の年に記す
管理人 日月土
